アストロスケールホールディングス
【東証:186A】「サービス業」
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企業概要
文中の将来に関する事項は、本書提出日現在において、当社グループが判断したものであります。
(1) 経営方針
当社グループのミッションは、軌道上サービスを通じて宇宙機の安全航行の確保と宇宙空間の持続的利用を実現することです。かかるミッションの実現のため、当社グループは、技術開発、事業開発、法規制作りへの働きかけといった複数の課題解決に同時に取り組んでおります。高速道路におけるロードサービスのように、軌道上サービスを宇宙空間における定常的・恒久的な基盤インフラサービスとし、当社グループが成長市場である軌道上サービス分野における世界のリーダーになることでグローバルに収益機会を獲得してまいります。
当社グループの事業は、技術開発を中心とするディープテック、市場が確立されていないところからスタートする市場創造型事業、ミッションの性質に即したグローバル経営、といった特徴を有しております。軌道上サービス市場は草創期にありますが、当社グループは常に企業価値の継続的な向上を目指し、そのあるべき姿を念頭に置いて経営しております。
(a) 経営上の目標の達成状況を判断するための客観的な指標等
当社グループは、企業価値の継続的な向上を図る客観的な指標として、①軌道上サービスミッションの受注状況ならびに②ミッション毎の開発スケジュールの進捗管理を重視しております。
当社グループは、「第1 企業の概況 3 事業の内容」「3.3 開発・運用状況」において詳述したように、各国オフィスを通じて様々な用途の軌道上サービスミッションの機会をグローバルに受注し、技術革新の加速と市場シェアの拡大が、当社グループのミッション成功への近道であると考えており、①軌道上サービスミッションの受注状況を重視しています。具体的には、当社グループの営業活動及び顧客との契約締結に係る進捗を管理するための経営指標として「受注総額」を、当社グループの事業の成長を支える、将来収益を生じるパイプラインの確保に係る推進力を測定するための経営指標として「受注残総額」を、各プロジェクトのしかるべき対価を獲得するための経営指標として「プロジェクト収益」を、それぞれ当社グループの重要な経営指標等に位置づけております。受注総額及び受注残総額の詳細については、下記「4 経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析 (1) 経営成績等の状況の概要 3 生産、受注及び販売の実績 b. 受注実績」を、プロジェクト収益の詳細については下記「4 経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析 (2) 経営者の視点による経営成績等の状況に関する認識及び分析・検討内容 ⑦経営上の目標の達成状況を判断するための客観的な指標等」を、それぞれご参照ください。
また、「第1 企業の概況 3 事業の内容」の「3.2 開発方針」で詳述したように、当社グループにおいては、開発スケジュールに従い、システムズエンジニアリングのⅤ字モデルにおける各審査を着実にクリアしていくことが、品質管理や事業の進捗及び売上収益の実現に結びついていると考えており、②ミッション毎の開発スケジュールの進捗管理についても重視しています。当社グループは、今後も軌道上サービスミッションの受注や各ミッションの開発スケジュールの主要な進捗状況を適時に開示してまいります。
(b) 当社グループの強み
当社グループの競争優位性には、次のような点があります。
まず、技術面で、世界初のデブリ除去実証衛星ELSA-dによる宇宙実証及びデブリ観測衛星ADRAS-Jの打上げに成功しております。当社は、2024年6月時点において、当社グループ以外に、非協力物体に対するRPO技術の宇宙実証に成功した競合事業者の存在を認識しておりません。当社グループは、軌道上サービスのコア技術であるRPO技術を自社開発し、当該技術に関する知的財産権を保有しています。コア技術を自社開発することで初めて、継続的な技術改善を行うことができると当社グループは考えております。
次に、事業面で、日本、英国、米国、フランスといった宇宙産業における世界の主要地域に拠点を有し、各地域で研究開発チームを組成し、契約を受注しています。当社グループのミッションの達成のためには、グローバルに同時に活動する必要がありますが、当社のグループ会社は、各地域において、豊富な経験に加え、政府・宇宙機関や各地域の宇宙産業界等との広い人脈を兼ね備えた経営陣を擁し、各地域に根ざした企業として活動しています。
加えて、当社グループは、各国・各地域の宇宙政策や法規制づくり等の政策形成への積極的な提言や関与を通じて、軌道上サービスの利用拡大を通じたミッションの実現に取り組んでいます。また、そうした各国・各地域での取り組みを統括し、当社グループをグローバルに成長させるための多様で多面的なバックグラウンドを有する経営陣及び取締役会構成となっています。
(2) 企業価値向上に向けた取り組み
(a) 企業価値の考え方
一般に、企業価値とは、企業が生み出すキャッシュ・フローを割引率(将来における価値が現在どの程度の価値を持つかを計算する際の利率)とキャッシュ・フローの成長率の差で除したものとなります。かかる計算上の分子については、キャッシュ・フローを最大化し、分母については、キャッシュ・フローを損なうリスク(割引率)を低減させて安定性を高め、かつ、キャッシュ・フローの成長率を向上することが企業価値を最大化すると考えられています。
上記の考え方を踏まえつつ、当社グループが考える企業価値向上の要因は、以下のような式により表すことができます。
当社グループは、企業価値を持続的な価値創造の原動力と位置付けています。具体的には(1)財務価値、(2)無形資産から創造される将来価値、そして(3)当社グループの存在の不可欠性による総合的な価値を当社グループの企業価値の主要な構成要素と考えています。
上記(2)における当社グループの無形資産とは、特許群や営業秘密といった知的資産、当社グループのブランド、国際的な会議体や各国の政府、宇宙機関、宇宙関連企業、アカデミアなどとのネットワーク、そして世界5カ国に亘るグローバルな経営管理プロセスなどを指します。
また、上記(3)における当社グループの存在の不可欠性とは、宇宙の持続的開発がグローバルなアジェンダになる中で、当社グループの技術開発の状況、顧客との取り組み、軌道上ミッションにおけるベストプラクティス・法規制づくりにおける考え方や知見が、多くの場面で依拠されたり必要とされたりすることを意味します。このような宇宙の持続的開発に不可欠な存在としての立ち位置を維持することは、当社グループによる最先端の情報の取得及び発信、様々なステークホルダーとの信頼醸成、ひいては市場リーダーとしての地位の確立に貢献することになります。
(b) 着実なキャッシュ・フローの創出
当社グループは、技術開発型、市場創造型の企業として、現在に至るまで投資活動によるキャッシュ・アウトが先行しており、営業活動によるキャッシュ・フローも赤字の状態にあります。当社グループでは、フリー・キャッシュ・フローを創出するために、戦略的なKPIと財務的なKPIを設けています。
定性的には、世界に先駆けて実証したコアRPO技術を活用した、ビジネスセグメントの拡充と各サービスの事業化が肝要と考えています。そのために、当社は、まず4つの軌道上サービスにつき、最短で2028年4月期までに顧客との契約に基づく宇宙空間でのミッションを完了することで、サービスの提供事例と提供価値を証明することを目指しています。また同時に、軌道上ミッションの機会をより多く獲得することで、技術の革新と成熟化を急ぎ、コストダウンを図り、市場で先行的にシェアを獲得することを目指しています。当社グループは、2025年4月期以降、各国拠点で複数ミッションを同時に開発するフェーズに徐々に移行します。そして、最短で2030年中には、各種軌道上サービスが定常的に提供されているものと社会から認識されるようになることを目指しています。
財務的なKPIとしては、PL面では、売上総利益の黒字化、税引前営業利益の黒字化、フリー・キャッシュ・フローの黒字化に向けて取り組んでまいります。BS面では、仕入債務回転期間や売上債権回転期間の最適化に加え、設計・開発から製造工程までを常に見直し、バランスシートが徒に膨むことのないよう事業活動を行ってまいります。
当社グループが開発する軌道上サービスにおいては、現在、各ミッションに係る顧客からのサービス仕様に関する要求が異なっております。そのため、現時点でサービサーの設計において汎用性を追求すると、当社グループのソリューションは重厚超大でコストのかかるものとなります。したがって、当社グループでは、安全性や品質を一定に保ち、また、可能な範囲で共通化を進めつつも、まずは個別ミッションにおける顧客の要求の最適化を優先しております。当社グループでは、コスト最適化のためには、まずコストの透明化が必要と考えており、2023年4月期よりERPシステム(Enterprise Resource Planningの略。ヒト・モノ・カネ・情報を集約し適切に分配し活用することを実現するシステム)の導入の検討を開始し、2025年4月期中より運用開始することを目指しております。中長期的には、各国間の輸出管理規制等の法令遵守の問題もあり、各国拠点間ですべての技術を共有化・共通化することは難しいものの、可能な範囲で汎用的な設計に進化させることができるよう取り組んでまいります。また、技術戦略及び技術ロードマップについては、CTOを中心に常に見直しを行っており、当社グループの技術が各国で成熟化していく中で、常に最適なコスト化を考え、フリー・キャッシュ・フロー創出につなげてまいります。
(c) 資本コスト(WACC)の低減
資本コストを下げることは、事業の不確実性を低減し、持続的な成長を支える体制を整えることと同義と認識しています。当社では単一のミッションや地域に集中することを避け、EOL、ADR、LEX、ISSAといった複数のサービスを複数の地域にまたがって展開し、本書提出日現在4つの顧客ミッションに取り組んでおります。加えて、今後も複数のミッションを受注し、パイプラインのさらなる分散を進めることで事業全体のリスクや不確実性を低減してまいります。
また、当社グループでは、事業面で進捗を続けることに加え、社会的にも持続可能な企業たるべく、ESGの観点を常に意識した経営に取り組んでいます。
(1)環境(E:Environment):当社グループの事業は、宇宙環境の持続利用や宇宙技術・データの活用を通じて、地球社会の持続的開発に資するものです。従いまして、「E」は当社の中心的なテーマとなっています。
(2)社会(S:Social):当社グループは、企業価値を高める行動が豊かな社会の実現につながると考えており、かかる観点から、従業員のダイバーシティの確保や労働環境の改善に日々取り組んでいます。現在、当社グループの社員は30カ国以上の国籍からなり、また、女性比率は26%と、エンジニアが76%を占める先端技術企業としては、高い比率を保っております(2024年3月末時点)。
(3)ガバナンス(G:Governance):当社グループは、健全な経営を行うための管理体制を重視しています。当社グループの取締役会構成は、異なる国籍や性別、バックグラウンドからなる優れた多様性を有しております。社内取締役と社外取締役の比率は3対3(2024年3月時点)です。
当社グループのESGに関する取り組みについては、下記「2 サステナビリティに関する考え方及び取組」もご参照ください。
上記の取り組みを前提として、資本コストや財務安定性に留意しながらDebtとEquityの最適資本構成についても検討しています。
(d) 事業の成長の維持・促進
当社グループでは、事業の成長の維持・促進とは、中長期的な価値創造のための基礎を築くことと考えています。当社グループは、事業の成長のため、保有するコアRPO技術を次のように活用していきます。
短期的には、世界各国で生まれ始めた軌道上サービスの事業機会を獲得し、ミッション成功まで導くことが、当社グループの成長を促すことになります。そのために、世界主要国で事業拠点及び研究開発チームを保有する必要がありますが、2023年のフランス子会社設立によって、宇宙産業における主要国をカバーできる体制となりました。現在、当社グループは、日本、英国、米国、フランスといった宇宙産業における世界の主要地域に拠点を有し、各地域で研究開発チームを組成し、契約を受注しています。特に、国防関係の調査や研究開発につき、4つの国防関連機関から受注しており、米国を始めとする国々の国防関連機関との間で引き続き軌道上サービスの提供に関する積極的な協議を継続しています。当社のグループ子会社は、各地域において、豊富な経験に加え、政府・宇宙機関や各地域の宇宙産業界等との広い人脈を兼ね備えた経営陣を擁し、各地域に根ざした企業として活動しています。一件の案件獲得には1〜5年程度の期間を要するため、常に先々の顧客ニーズを捉えながら営業活動を行っております。
中期的には、政府需要を契機として、民間需要の創出・取り込みを行っていくことが成長を促します。EOLとLEXに関しては潜在的な民間需要があり、EOLについては、打上げ前の衛星へのドッキングプレートの装着に関する契約のさらなる獲得に向けて、引き続き衛星運用者や衛星メーカーと議論を進めています。LEXについては、サービサーがクライアント衛星を捕獲したままクライアント衛星の軌道変更や軌道維持を支援する方法に加え、捕獲後燃料補給を行い離脱する方法についても、主要国で研究が始まっています。当社グループでは、ドッキングプレートにEOLのサービサーが接近・捕獲できるように、また、燃料補給サービスについてはクライアント衛星の燃料補給口にLEXのサービサーが燃料補給できるように、エコシステムづくりに尽力してまいります。また、軌道上サービスに対応した衛星バス提供を他企業に対して行っていくことも検討しております。
長期的には、RPO技術を活用した新たなビジネスセグメント、例えば衛星又はその部品の再利用・交換や製造・修理といったサービスの市場を創出していけるように、技術ロードマップの策定と技術開発に取り組んでまいります。
軌道上サービスに必要なRPO技術以外の周辺技術についても、当該技術が当社グループの企業価値を高めると判断する場合は、自社開発に加え、M&Aを通じた獲得も検討してまいります。また、AI技術については、既にシミュレーション、契約書の作成、マーケティング等で活用しておりますが、さらにRPO技術の中での活用に関する研究を開始しています。また、後述のような世界の法規制づくりへの積極的な参加も、当社グループの市場規模の拡大と、事業成長の維持・促進に寄与すると考えております。
(3) 経営環境及び対処すべき課題
軌道上サービス市場は端緒についたところであり、当社グループを取り巻く環境は、不確実性が高く存在します。また、宇宙事業は、研究開発段階から顧客開拓、衛星開発、打上げ、運用等に至るまでの時間が長期に亘ります。
他方で、宇宙環境問題の深刻化と宇宙の持続利用に取り組む必要性に対する社会的な認識は、2020年以降非常に高まりました。2022年には、英国にてSpace Sustainability Summitが開催され英国政府による宇宙の持続利用のための施策が発表されたほか、米国政府による軌道上デブリ実施計画の発表も行われました。2023年には、G7外務大臣会合、科学技術大臣会合、そしてサミットにてデブリ問題が取り上げられ、G7サミットのコミュニケ(公式声明)において、宇宙の持続利用が喫緊の課題であることや、デブリの低減(これ以上増加させないこと)及び改善の必要性が明記されました。また、2024年G7サミットのコミュニケでは、宇宙の持続可能性に関する基準と規制の策定に関する取り組みに関しても明記され、デブリ低減に向けて一歩踏み込んだ内容となっております。このように、宇宙の持続利用は主要先進国の主要課題の一つとなるまで高まり、各国での行動が求められるようになってきております。
このような状況を受け、現在、軌道上サービス市場が拡大すると睨んだ企業による参入表明が世界各地から相次いでいますが、その中でも、当社グループは、先駆的な技術開発会社としてのポジションを確立してまいりました。競争環境が激しくなっていくと考えられる中で、いかにして、技術開発、事業化の推進、関連する法規制づくりへの働きかけ、安定的なキャッシュ・フローの創出を継続していくかが重要な課題であると認識しています。かかる課題に対処するため、当社グループでは中長期の持続的な成長に向けて、以下のとおり取り組んでいます。
■技術開発
軌道上サービスに使用される衛星の開発、打上げ及び運用は極めて複雑です。開発の過程では、地上で宇宙環境を擬似的に再現した様々な試験を行った上で宇宙空間に打ち上げますが、宇宙空間において衛星に予期しない故障が発生し、システム全体に影響を与えるなどミッションの成否を危ぶませるリスクがあります。コストとスケジュールに関する制約、政府等による許認可制度や公募内容等の制約条件もあり、先進的な技術開発を行うことは非常に難しい課題となっています。
そのため、当社グループでは開発段階に応じた審査や、当社グループとしての品質・信頼性管理基準等を設けるとともに、開発工程の文書化を行うことで、再現性があり、かつ改善可能な開発手法を採用しています。
当社グループに必要な技術のうち、非協力物体へのRPO技術を含む中核技術は自社設計・自社開発しており、継続的に技術を磨いていくことが可能です。当社グループは、非協力物体へのRPO技術等により軌道上サービスの提供を受けるという新たな選択肢を衛星オペレーターに提供してまいります。当社グループは、自社技術の優位性を確保するため、長期的な技術ロードマップを定期的に更新し、様々な事業機会を通じて継続的に優位性を維持できるよう、今後も自社内における研究開発、その体制の強化及び知財ポートフォリオの強化を進める予定でおります。
本書提出日現在の当社グループにおける技術開発の取り組みについては、「第1 企業の概況 3 事業の内容」の「3 研究開発の状況」に記載のとおりです。
■事業開発
政府・宇宙機関からの事業機会を獲得するためには、宇宙産業における世界の主要地域に拠点を保有すること並びに各拠点がそれぞれの国・地域の政府・宇宙機関及び宇宙業界と密接な関係を持ち関係を深めていくことが必要です。
本書提出日現在の事業上の取り組みについては、「第1 企業の概況 3 事業の内容」の「2.3 4つの軌道上サービス」及び「3.3 開発・運用状況」に記載のとおりです。
宇宙業界では、政府・宇宙機関、民間企業のいずれも、数年から数十年の単位で政策や事業計画を策定しています。当社グループは、EOL、ADR、LEX、ISSAといったサービスに関し、中長期的な視点で潜在顧客と議論を重ね、コア技術であるRPO技術に対する顧客ニーズやサービスの提供タイミングの理解に努めてまいります。
軌道上サービスの市場は草創期にあるため、当社グループは、獲得した事業機会を確実に遂行し、提供価値をグローバルに具現化しつつ新たな需要を喚起し、事業を加速してまいります。また、後述のような、法規制づくり等への議論にもリソースを配分し、グローバルに貢献することで、軌道上サービスの活性化と、当社ミッションである宇宙の持続利用のいち早い実現に取り組んでまいります。
■法規制作りへの働きかけ
デブリ除去にとって必要な環境作りとしての「法規制作り」は、2つの観点に分けることが可能です。当社グループにおいては、ひとつを「制度構築」、すなわち「宇宙の持続利用に資するような、各国の宇宙法政策及び二国間・多国間等の国際的な協調関係から成る枠組みづくり」とし、もうひとつを「標準化」、すなわち「宇宙の持続利用に資するような、宇宙機の設計や運用の基準づくり」と定義し、それぞれについて以下のとおり取り組んでおります。
a. 制度構築について
制度構築とは、各国においてデブリの増加への対応やデブリ除去を促進し、実現する国内法規制等を整備することに加えて、長期的にはこれらの国の間での国際的な連携・協調を通じて、デブリ除去がグローバルに実施されることを目指すものです。
例えば、各国は、強制力を伴う国内法規制により、ミッション許可等の制度(米国では、衛星運用事業者に付与する周波数ライセンスの管理も含む)を通じ、デブリの増加を抑制するための措置を事業者に要求することができます。また、各国は、自国由来のデブリについての自国の行動計画を策定する等の政策を通じて、自国由来のデブリを低減・除去することもできます。
デブリの低減については、2000年代以降、IADCや国連宇宙空間平和利用委員会等の国際機関で議論されてきましたが、米国、ヨーロッパ、日本等の各国において、デブリ低減のためのさらなる措置に関する議論が進んでおり、当社グループは可能な限りこうした議論に参画しております。
例えば、米国では、深刻化するデブリ問題を踏まえ、FCCが、周波数の許可に際して考慮されるデブリ低減ガイドライン(2004年作成)の見直しに係るパブリックコメントの募集を行いました。かかるパブリックコメントの募集に関して、当社グループは米国企業7社をとりまとめ、2019年2月に計8社共同でのコメントを提出しました。このコメントは、米国内の関係者の間で広く参照され、2020年4月に公表された新たなFCCの立法案公告においても、当社グループの共同コメントに言及されています。その後、FCCは、同ガイドラインを見直し、2022年9月に、いわゆる25年ルール(高度2,000km以下の軌道を周回する衛星の場合、運用終了から25年以内に大気圏に突入するような設計にする旨のガイドライン)を5年に短縮する命令を発しました。また、2024年1月にはFCCより、軌道上サービス認可の枠組みに関する立法案公告の草案が発出されました。
政策的な観点からは、ホワイトハウスの科学技術政策局は、2022年7月に「The Orbital Debris Implementation Plan」を発表し、宇宙の持続利用の3つの柱として、デブリ低減(これ以上増加させない)、デブリ追跡と特定(それにより衝突を回避する)、デブリ除去(既存のデブリを減らす)を掲げ、44の具体的なアクションを定義しています。また、2020年以降、日本、EU、英国、フランスでADRプログラムが開始しており、2022年には米国議会で超党派によりデブリ除去を推進する法案(The Orbital Sustainability Act of 2022)が提出されるなど、世界全体でADRを推進する機運が高まっております。
欧州では、宇宙機関の宇宙活動に関するイニシアティブとして、ESAが2022年に、2030年までに地球軌道及び月軌道におけるデブリの生成を停止することを目的とするZero Debris Approachを公表しました。これに基づいて、ESAは2023年11月に、デブリ低減に関する要求を定めた技術ガイドラインである「ESA Space Debris Mitigation Requirements」の見直し及び公表を行いました。さらに、同月には、ESAが主導する形で、民間企業等40団体と共同で策定した「ゼロ・デブリ憲章」を公表しました。同憲章では、2030年までにデブリ生成ゼロを実現するための基本的な原則や目標値などが定められています。
英国では、2023年6月に、チャールズ国王が、宇宙の持続可能性を促進するための枠組み作りを目的とした「アストラ・カルタ(宇宙大憲章)」を公表しました。
さらに、国際連合の専門機関の一つである国際電気通信連合(International Telecommunication Union、以下「ITU」)における2023年11月の無線通信総会において、デブリ除去を含む軌道上サービスなどの新技術を考慮し、低軌道上の衛星に対する「安全かつ効率的な軌道離脱および/または廃棄の戦略と方法論に関するガイダンス」の研究を行うことが決議されました(決議ITU-R 74)。
日本では、内閣府が2024年2月に、人工衛星やロケットの開発・運用を計画している企業・大学等の関係者に向けて、スペースデブリの抑制に係る手引書「安全で持続的な宇宙空間を実現するための手引書〜スペースデブリを増やさないために〜」を公表し、スペースデブリの発生防止に向けたさらなる啓蒙が開始されました。
G7においても2023年には、G7広島サミットのコミュニケ(公式声明)において、宇宙の持続利用が喫緊の課題であることや、デブリの低減(これ以上増加させないこと)及び改善の必要性が明記されました。また、2024年G7プーリア・サミットのコミュニケでは、宇宙の持続可能性に関する基準と規制の策定に関する取り組みに関しても明記されました。
このように、世界主要国や国際的な団体において、宇宙の持続利用に向けてデブリ問題に対処するための具体的な措置に関する取組みが、提案・検討の段階から、実施の段階に移行してきています。
b. 標準化について
衛星の設計や運用に関する国際的な標準化の議論は、衝突回避能力、運用終了時の廃棄処理、無害化、デブリ低減、打上げサービスの選択、デブリ除去サービス、サイバーセキュリティ、RPO実施時の安全性確保や情報の共有など多岐にわたっており、これらの事項については、国際団体、政府、NPO等様々な場所で議論が進んでいます。
当社グループは、先端的な技術を保有する企業として、標準化を最重要課題として取り組んでいます。グローバルなポリシーチームを日本・米国・英国・フランスに配置しており、標準化に関する主要会議体に参加し、一部の会議体ではリーダーシップを執るなど、ユニークなポジションを築いています。また、各国の宇宙機関や主要国の政策決定者・担当省庁とも緊密に連携しています。世界各国の議論動向を踏まえ、整合性が確保されるよう貢献するとともに、当社グループのミッションにも先進的に反映させていくことで、業界としてのベストプラクティスを形成してまいります。以下は、当社グループが積極的に関与している標準化に関する会議体の一部です。
(1) The Consortium for Execution of Rendezvous and Servicing Operations (以下「CONFERS」)
米国国防総省の国防高等研究計画局(the Defense Advanced Research Projects Agency、以下「DARPA」)がシードマネーを提供して設立された業界団体です(現在は、DARPAからの資金的援助を受けずに運営されています)。CONFERSは、RPO(Rendezvous and Proximity Operations)について、自主的なコンセンサスによるベストプラクティスを策定しており、ISO等の標準化団体により、軌道上サービスに関するかかるベストプラクティスが採用されることが期待されています。当社グループは、CONFERSの設立初期から主要メンバーとして参画しており、現在はExecutive Memberとなっております。
(2) Space Safety Coalition(SSC)
米国最大の宇宙業界団体であるGVFがメンバー企業とともにその形成を主導した、Global Space Safety Coalitionという団体を前身としております。現在は、Space Safety Coalitionという新たな団体に改組し、当社グループを含むメンバー企業34社が宇宙での持続利用可能な行動指針に署名・合意し、公表しています。
(3) Space Sustainability Rating
当社グループの取締役がメンバーとして参画するWorld Economic Forum(WEF、世界経済フォーラム、通称「ダボス会議」)の宇宙評議会(Global Future Council on the Future of Space)が発案したプロジェクトであり、各種宇宙ミッションに対し、宇宙の持続利用の観点からレーティング(格付け)を行うというものです。これは、金融市場におけるS&P Global Ratingsや、建築業界におけるLEED(Leadership in Energy and Environmental Design)等の役割に類似したものであり、ESAやマサチューセッツ工科大学等のグループの主導による、格付け内容についての議論を踏まえ、本書提出日時点では、スイスのEPFL宇宙センターが中心となって、試行フェーズを行っております。
■許認可等への対応
当社グループは、必要な許認可の取得を行い、適用される各国の法令を遵守するよう努めております。
一般的に、衛星の運用に関して、衛星を運用する事業主体が所在する国の当局が求める技術・安全性などの要求を満たすことにより、当該当局から運用の許可を得ることをミッション許可といいます。ELSA-dではUKSAから、ADRAS-Jでは内閣府から、それぞれミッション許可を取得しました。衛星の物体登録については、ELSA-d及びADRAS-Jともに日本が登録国になります。
衛星との通信に用いる周波数の利用についても、ITUの規定に基づき、各国の法令において必要な手続きが設けられています。日本の場合は、電波法に基づき、他国の地上の無線局に有害な干渉を与えない(または他国から干渉を受けない)ようにするためのいわゆる国際周波数調整を総務省経由で行った上で、総務大臣への申請により無線免許を取得します。また、衛星の運用に必要な地上局(人工衛星との間で通信を行う為に地上に設置するアンテナやデータ送受信装置等)の使用については、地上局が所在する国ごとに必要な許可を得る必要があります。当社グループは、ELSA-d及びADRAS-Jの運用について、日本、米国、カナダその他複数の国から許可を得ております。その他にも、必要な輸出管理に関わる許可や、危険物輸送等に係る許可なども取得しております。
今後実施されるEOL、ADR、LEX、ISSAのミッションにおいても、上記のような許認可の取得が必要です。
こうした既存の法令上要求される許認可の取得に加え、当社グループは、RPO技術が先進的な技術であることに鑑み、ミッションの目的や運用の透明性の確保に自主的に取り組んでいます。ELSA-dやADRAS-Jのミッションの目的・内容については、国際的な学会等での発表や論文提出に加え、展示会や各種講演会、SNS、メディアを通じた広報活動を通じ開示しているほか、政府関係者などに対しても必要な説明を行っております。更に、両衛星にはレトロリフレクターと呼ばれるレーザ反射を有する機構を取り付けており、地上から軌道上での位置が詳らかになるように考慮されています。
また、当社グループの衛星とデブリとの衝突可能性のリスク評価や衝突回避を行うために、世界の主要なSSAプロバイダー(SSA:Space Situational Awareness。「宇宙状況把握」)と契約を締結しております。
保険の組成については、顧客との責任分担のあり方や保険料相場などを踏まえてミッションごとに対応してまいります。例えば、ELSA-dは、自社資金によるミッションであり、打ち上げ失敗に備えた打ち上げ保険、ミッション失敗に備えたミッション保険及び軌道上で第三者に損害を与えた場合に備えた第三者賠償責任保険に加入しました。ADRAS-Jでは軌道上での第三者賠償責任保険にのみ加入しております。
なお、宇宙条約第6条は、非政府団体(企業、研究機関など)の宇宙活動であっても、「自国の宇宙活動」については当該国が国際的な責任を負うことを定めており、また、宇宙活動に起因する損害についての国際的な責任については、損害責任条約が具体的な定めを置いております。特定のミッションについて複数の国が関係する場合に、条約上は複数の打ち上げ国間で連帯して責任を負うこととされていますが、その具体的な責任分担のあり方などについては十分な国家実行がなく、また、民間事業主体の責任のあり方(当該国と民間事業主体の間の関係や民間企業同士などにおける責任分担)についても現状において不明確な点が多いのが現状です。このため、当社グループは、保険によって予めこれらのリスクを低減しておりますが、保険の組成にもかかわらず、ミッションに際して、現時点で予期せぬ損害賠償責任を当社グループが将来的に負う可能性があります。
■資金調達
当社グループは、多額の先行投資と長期の開発期間を要する人工衛星及び宇宙機器の研究開発に従事していることから、2020年4月期以降連続して、フリー・キャッシュ・フローの赤字が継続しております。今後も軌道上サービスを目的とした人工衛星の開発を加速するために、また、多種多様な対象デブリに対応するための当社グループの技術の適用拡大を図るために先行投資を継続することから、資金調達を行っていく必要があります。
そのため、当社は、資金調達手段の確保・拡充に向けて、2024年3月にリボルビング・クレジット・ファシリティにより50億円、劣後ローンにより20億円、2024年6月から7月にかけて株式上場により201億円の資金を調達いたしましたが、今後も資金調達の多様化を図ってまいります。
■人材獲得
当社グループは、軌道上サービスに必要な先進技術の研究開発、衛星の設計から製造・試験に至る衛星製造プロセス、及び衛星の運用等を自社で行っております。従って、上記のとおり、今後の人工衛星の開発や技術の適用拡大により複数の開発ラインを進捗させるためには、適切な人材を確保していく必要があります。
具体的には、株式上場等を通じ知名度を向上させ、新卒採用・中途採用を問わず積極的な採用活動を推進してまいります。また、長期的な雇用を確保するため、社内において教育・研修を充実させて人材を育成していく方針であります。
■安定的なキャッシュ・フローの創出
当社グループは、先端的なRPO技術等を用いた軌道上サービス事業に特化し、その技術の多角的な展開・拡大を目指しています。当社グループが構築してきた研究開発技術を最大限に活用し、対象となるデブリや運用中の衛星に対して、コストパフォーマンスの高いソリューションを提供し、安定的なキャッシュ・フローの創出を目指します。
上記のとおり、当社グループの経営環境における課題を解決するとともに、デブリ除去を含む軌道上サービス等に基づく安定的なキャッシュ・フローを背景とした、規律ある成長投資と継続的な株主価値の向上の両立を目指します。
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